これはたまらん
2号 2020年7月号

たまらん人々(2)幻のロックンローラー

 私の趣味はギターである。大阪に住んでいた高校2年生の夏、ジョン・レノンに憧れてどうしてもエレキギターが欲しかったが当時はエレキギターなんて高価なものはかなりの贅沢品であった。

 しかし、人間は思い続けることが大切という言葉をこの時ほど実感したことはない。高価であるエレキギターをついに手に入れる日がやってきたのである。

 ある日、私は大阪市旭区の町を歩いていた。町の片隅の質屋さんの外から見えるショーケースに1本の黒いエレキギターが飾ってあった。おそらく質流れのエレキギターであろう。思わず目がいってしまう。高価で買えないとわかっていても見てしまうものである。値札を見ると50,000円。とても買えるような余裕はない。しかし、よく見ると、なんと!0をひとつ間違って見ていた。よく見ると5,000円と値札に書いてある。

 夢のエレキギターが「ごっ!ごっ!ごせんえん!」 私のポケットには全財産の5千8百円が入っている。今なら買える。いや、今買わなければこれはぜったいに売り切れる。誰かに先を越される。そう思った私は迷わずその質屋さんに飛び込んだ。

 まさに夢のようだった。憧れのエレキギターが手に入った喜びをビートルズ好きの友人に伝えたい。というより自慢したい。私はその足で友人のT宅へ向かった。

 T宅に着くと友人Tは長屋へ機嫌よく向かい入れてくれた。私の持っているケースにも入っていないエレキギターを見ながら、「そっ!そっ!それどないしてん?」と叫んだ。「エレキギターやんけ。買ったんか?」と続けて聞いてきた。私は質屋で5千円で手に入れたことを話すと、「質屋にまだあるかな? 5千円やったら俺でも買えるで!」とかなり興奮気味に言う。

 私は、「もしかしたらあるかも知れんな。とにかく質屋まで行こうぜ!」と言うと、Tは5千円を握りしめ私と一緒に質屋さんへ急行した。Tが質屋さんの中に入り、私が外で待っているとギターケースを肩にかけたTが店から出てきたのである。

 「よっ!よっ!よんせんえんやったぞ!しかもケース付きや!」Tはかなり興奮してる。私もうれしくてたまらなかった。これでTと一緒に憧れのビートルズを弾く。ケースの中身を一刻も早く見たい私は、「近くの公園でケースからギターを出して触ってみようぜ」とTに提案した。

 Tと二人で興奮しながら公園のベンチに腰掛け、ケースからエレキギターを出した。カッコいい。エレキギターのフォルムがとてつもなくカッコよく美しい。が、何かおかしい。何かが違う。よく見るとTのエレキギターは弦が4本しかなかったのだ。

 「おい、これ弦が4本しかないぞ。なんか変やな」私が言うと、Tが「もしかしたら不良品かな。それに弦が太すぎへんか」路頭に迷った私たちはすぐさま質屋に向かった。質屋のおやじさんが言うには、なんと!これがベースギターという楽器だとのことだった。ベースって名前は聞いたことはあったが見たのは初めてだった。そう。Tは間違ってベースを買ってきたのであった。仕方なくTはベース担当ということで決まってしまった。

 しかし、Tと私には一番の問題があった。私たちの周りにはギターやベースを教えてくれる人がいないのである。そこで私は本屋に行けばギターの教本が売っているから買いに行くことを提案した。二人で本屋に向かいギターの教本を探した。Tが「あった!」と叫んだ。私はTに駆け寄り教本を手にした。値段が2千8百円。私の8百円とTの千円を合わせても到底足りない。買えない。

 「そうや!古本屋やったらもっと安いぞ!」夢を追う二人の貧乏少年には不可能はない。というようにロックンローラーへの憧れが知恵を出す原動力になっていたのであった。すぐさま二人で古本屋に向かったのである。

 「あったぞ!これや!」古本屋でTが叫んだ。表紙に“ギター初心者向け”と大きく載っている。値段を見ると5百円。古本屋のおやじさんに5百円(当時は消費税はなかった)を渡して二人で興奮しながらTの長屋に向かった。

 道すがら「これで俺たちもロックンローラーになれるで」とか「エレキギター弾けたらぜったいに女にモテるで」とか言いながら憧れのロックンローラー目指してギター道に邁進する気満々であった。Tと私はロックンローラーになったつもりで、女にモテる男になったつもりで歩く足も軽かったのを強烈に覚えている。

 Tの長屋に入り私のエレキギターとTのベースをお互いが持って、教本を袋から出して練習の準備も整った。ロックンローラーへの憧れを抱きながら教本をひらいた。

そこに載っていたのは、なんと! 1曲目「くちなしの花/渡哲也」2曲目「津軽海峡冬景色/石川さゆり」ページをめくるたびに出てくるのは、演歌のオンパレードであった。そしてロックンローラーを目指したTと私がエレキギターとエレキベースで初めて弾けるようになった曲は「くちなしの花」であった。アーメン。。。

※この内容はフィクションではなく本当の出来事です。

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石田 和弘

みぞっか編集長​

​ 大阪生まれ大阪育ち。東京で10数年会社務めの後、2016年6月、苓北町に移住。移住した夏に富岡海水浴場の監視員をし、東京に戻ろうと企て失敗。八代市の会社に勤めながら週末を天草で過ごす生活を2年間する。2019年に会社を退職。2020年より「スマホで読むタウン情報誌みぞっか」の準備に入り2020年6月にトライアル創刊号を創刊。