これはたまらん
1号 2020年6月号

たまらん人々(1)酔っぱらい

 私は大阪出身である。生まれは大阪市西成区という非常に品が良い!? 道端に注射器が落ちているような場所であった。幼少の頃を西成区で過ごし、大阪市旭区というこれまた高級な町!?へ引っ越し、時は過ぎ私は高校1年生になっていた。

 

 その頃の出来事である。

 

 私は重要な用事があり、大阪市住吉区の我孫子町という場所に行っていた。重要な用事とは他でもない、ある集まりに女の子が大勢いると友人から聞き、その場に行ったのだが別段良い思いもすることなく帰途についたのであった。

 

 当時はまだJR西日本という洒落た名前ではなく、国鉄の我孫子町という駅で一人寂しく天王寺行きの電車を待っていたのである。一人寂しくホームのベンチに腰掛けていると私の前を一人のおっさんが通り過ぎて行った。

 

 「ヒック!ヒック!」とおっさんは何やらしゃっくりが止まらない様子で通りすがりに私の顔を見た。視線を逸らしたつもりだったがピッタリと目が合ってしまったではないか。そのおっさんはすかさず私の隣のベンチに座ったのであった。

 

 おっさんは下から見上げるようにベンチに座っている私の顔をじっと覗き込んだ。はっきりいって怖いし不気味だ。おっさんはしゃっくりをしながら一言。「兄ちゃん、男前やな」褒められたのにうれしくない。このおっさんは完全なる大阪の酔っぱらいである。そしておっさんは続けた。「兄ちゃん、南の店で働いてるさゆりって女知らんか?」

 

 「知ってる訳ないやろ!アホ!」と言いたい気持ちを抑えて私は答えた。「し、し、知りません」蚊の鳴くような声だった。怖いのである。おっさんは「知らんかったらしゃあないな。さゆりはいい女やぞ」はっきりいって意味不明である。

 

 なんでこんなおっさんに話しかけられなきゃいけなんだ。と思っていると、「兄ちゃん、男前やな」おっさんが私の顔を見ながら言った。続けて「兄ちゃん、沖雅也に似とるがな。沖雅也は自殺したけど兄ちゃんは死ねへんのか?」。。。「なんで俺が死ななアカンねん」とは言えないので、心の中で思いながら私が考えてることはただ一つだった。早く電車がこないかな。早くこのおっさんから離れたい。それだけだった。

 「間もなく1番線に天王寺行き各駅停車がまいります」ホームのアナウンスが流れてきた。私は心の中で「やった! やっとこのおっさんから解放される」と歓喜に満ちた気持ちでベンチから立ち、電車のドアに向かい、おっさんに向かって「じゃあ僕はこの電車に乗るんで」と言い電車のドアに滑り込んだ。ホッと胸をなでおろし安心した瞬間だった。目にも止まらぬ早業でドアが閉まる寸前におっさんが滑り込んできたのである。

 

 電車に乗ってきたおっさんはすかさず「兄ちゃん、奇遇やな」全然奇遇じゃない!電車の中には逃げ場がないではないか。するとおっさんは車内を見渡し、ロングシートの空いてる場所を指さし、「兄ちゃん、あそこ空いてるから座りいや」と言う。私たちがその場所に行くと座っていたおばちゃん連中がまさに蜘蛛の子を散らすように席を立ち、離れて行った。

 

 そりゃそうでしょ。酔っぱらいのガラの悪いおっさんと品のいい高校生!?のコンビである。誰がどう見ても変だ。誰でも関わりたくないに決まっている。しかもおっさんはかなり酒臭い。仕方なくおっさんと隣合わせに座る。誰も私たちのロングシートには座ってこない。おっさんが言う。「兄ちゃん、貸切みたいで気分ええのう」

 

 「アンタは気分ええかも知れんけど、俺の気分は最悪やで」とは言えず、「そ、そうですね」と返すのが精一杯であった。すると、おっさんは「兄ちゃん、男っ前やな」声が大きいので完全に周りの人たちに聞こえている。「兄ちゃん、さゆり知ってるやろ。さゆりはええ女やで~」知ってるはずがないので適当にうなずいていたら、いきなり「ワレー!ちゃんと聞いとんのか!」とおっさんは大声で怒鳴った。周りの視線が痛い。怒鳴った後に「兄ちゃん、怒りなや~」と急に態度が優しくなる。「怒ってるのはおっさんやろ」とはもちろん言えず。

 

 電車の中では、「兄ちゃん、男っ前やな」と「さゆり知ってるやろ」と「兄ちゃん、沖雅也に似とるがな。沖雅也は自殺したけど兄ちゃんは死ねへんのか?」この三つの台詞の無限ループだった。酔っぱらいという人種は同じことを何度も言うらしい。

 

 そんな台詞を繰り返してるうちに電車は終点の天王寺駅に着いた。電車を降りてもおっさんはついて来る。「では僕は地下鉄に乗り換えなんで」と私がさわやかに言うと、おっさんは私に手を振りながら「さゆりによろしくな!」と言って雑踏の中に消えていった。合掌。

※この内容はフィクションではなく本当の出来事です。

石田 和弘

みぞっか編集長​

​ 大阪生まれ大阪育ち。東京で10数年会社務めの後、2016年6月、苓北町に移住。移住した夏に富岡海水浴場の監視員をし、東京に戻ろうと企て失敗。八代市の会社に勤めながら週末を天草で過ごす生活を2年間する。2019年に会社を退職。2020年より「スマホで読むタウン情報誌みぞっか」の準備に入り2020年6月にトライアル創刊号を創刊。